良い人間だったけど、別れてしまった彼とのダイアリー

身が、29才のところ付き合っていた恋人の話だ。
身は、保育士をしていたのですが、なかなか異性が上手くいかずしばらく恋人はいませんでした。
29才という年もあり、馴染みと集まれば「結婚したいね」や「好きな人間がほしいね」と結論の出ない話で語り合っていました。
元々、あまり人間を好きにはならない好みなのですが、好きになってしまうとのめり込む好みでした。
嫁入りしたいという一心で、コンパに行ったり、顔合わせの土俵にも積極的に行っていました。
その恋人とは、田舎の婚活行事で突き当たりました。行事に参加したのは初めてで、出向く前からチームメイト人間と「いかなる感触なんだろうね」
とドキドキしながら参加しました。
よくTVで見分けるような、1対1で順番に話をして、以後世界で話して、フリー時刻というような感触でした。
最初の1対1の話をする段階で、ダディーの年カテゴリーのおっきいのに私たちの興奮は落ちてしまっていました。
里で嫁入りできない人間が多いようで、40お代や50お代の人間が半数以上で恋人と言うより、おとうさんと呼びたくなるような一見の方陣ばかりでした。
チームメイト人間と、「帰りたいね」と言って過ごしていました。恋人は、そのしている時にいた唯一、年がくらいて普通に話せた人間でその時にテレフォンを交換していました。
行事が終わってから、ラインの交流が訪れ、食事に行くことになりました。
2人間で出会うと異性に慣れてはいないけど、本当に潔癖で可愛い人間なんだろうなぁというのは感じていました。2回目のデートで「付き合ってほしい」と言われ、
すぐには、答えが出せず少し考えることにしました。生真面目、まだ恋人のことはよくわからなかったし好きにはなってなかったのですが
結婚する人間ってそういった人間の方がいいのかなぁと思い付き合うことになりました。
付き合ううちに好きになっていくかなぁと思っていたので。
付き合ってからも、恋人は手厚く本当に潔癖で可愛い人間なのですが、付き合って3か1ヶ月が経っても、私の気持ちはどうしても素晴らしい人間以上にはなりませんでした。
普通、このまま付き合ってたらダメだと見なし、身から別れを報じたのでした。
身は、こういう異性を通してやっぱり、身は自分が好きにならないとダメなんだなぁとつくづく感じてしまいました。

今の恋愛はだいぶ慣れてきたせいか結構エネルギッシュかもしれません

俺には、恋人がいらっしゃる。といっても、私の心の中の詳細はトータル満たしていません。そういった心の中の詳細をトータル忘れたところに、恋人が見えてきました。といいますのは、わたし、思いがけなく不本意ながら、カラダを壊してしまって、通院となってしまって、それも複数のお医者ちゃんに診てもらうことになってしまって、こんな人が素晴らしい、あんな人がいいと、かつてのように言えなくなったからだ。我慢して仕事をしてしまったならば、診査結果が悪化してしまいました。私の耳は、雑音の大きい安いによっては、聞こえていないらしきのです。少ない雑音は聞こえていないらしいのですが、日頃から紳士の人とくちゃくちゃと話しながら、真昼ご飯を食べていません。ある程度ご年配の女性で、声の小奇麗と言うか聞き取れる感じのいい人と話しながら食べていらっしゃる。
昨年の春、外界からのストレス、店のストレスによりさらに診査結果は悪化してしまいました。とてももどかしい想定があります。紳士の人に対する野望をやるところではなくなりました。通院の持続になりました。通院と両立見込める商いを探すことになりました。下を向いているときに、滑らかなデリカシーをした声が聞こえました。低いすぎない恋人の声は聞こえました。

花火を見ながら色々考えていて思った事を述べて見る

近所で花火フェスティバルがありました。住まいからちょっと出たら見えて風流でした。必須について考えていたのですが、明るいなとか風流ですなとか、これが良識だよなとか思って当たり前のことばっかり言ったりやっていたら、唐突に関係無い面白ことがあったりします。また考えごと変にしなきゃなんないのかと思って、必須ってもうなんなのって思いました。良い思いをしたって必須は必須で別の考えや考えがあって、その御門はその御門で狙いが違ったりして、意識や気分を変えたり併せたりするのが大変です。こういう考えじゃその御門には合わないとか対応できないとかあって、こっからは御門や団体じゃなくて、唯の自分の考えなのかなと少し思いました。何もできなくなってきて、人前の言ってる金儲けができなくなるではないかって思います。言うこと聞いたって、その人間の言ってることって、こちらよりもふさわしいの?って思いますし、多分あなたよりはやってるよとか、そっちの手答えの方が、とかあると思います。別人間の手答えが規則正しいの?唯の人間の手答えっていう考えのステージナだけでしょ。と思ってはじめ蹴りしてさっさと日々だけしますがね。そうすると別人間の言ってる部分ってどうしてこんなに煩わしいんだろうと思って、本当に反感を誘発します。別人間はどうにか控えるよ?とかどうにもしてやんないよ?って思いますね。

姉との仲は最悪

私と姉は4歳離れています。私の周りにも姉妹はいましたが、ウチより仲が悪いところは見たことないです。だから、仲の良い姉妹を見ると羨ましかったです。
私と姉は、掃除が嫌いという以外は全く性格が違います。
姉は、家の手伝いをするならば、勉強をした方が良い。私は、勉強をするなら手伝いをした方が良いと思っていて、姉はいつも学校で頭が良くトップでした。私が小学生の頃、母に私の勉強を見てくれとお願いされたのに、「あいつはバカだから」といつも言われ、なんだかいつも嫌な思いをし、バカなら勉強をしても仕方ないと思ってしまい、勉強をしなくなりました。
私は、姉は嫌いではなかったけど、姉が私の事を嫌いだったと思います。いつも私との話し言葉は喧嘩口調であまり喋りたくない雰囲気でした。何を言っても文句か喧嘩口調の言葉が返ってくるので会話はありませんでした。そんな姉妹を母は何も言いませんでしたが、最近になって、なんでうちのうちの子達は仲が悪いんだろうと漏らしていました。
そんな私たちですが、姉の子供が産まれてからは、なんとなく話すようにはなりました。ただ、最小限の言葉ですが交わすようになりました。多分これ以上は仲良くなれないと思いますが、これが私たち姉妹だと思い諦めています。

レーザー脱毛

脱毛サロンにおきまして、多くの人が施術する脱毛要素は、周囲が気になって貧弱要素だと言われています。なおかつ、ひとりだけで脱毛するのが厄介な要素だと伺もいました。こういういずれもの限定が一緒になった部位の人気が高いとのことです。
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時代の流れと今までのコミックとの付き合い方

電子コミックがニュースでも最近取り上げられているのを見て、時代の流れだと感じました。CMではパグのワンちゃんがスマホを持って軽快に漫画を読んでいる姿が放映されており可愛らしさとインパクトがあります。たしかそのコミックサイトはめちゃコミックというサイトだったのを今でも覚えています。

実際、私も利用している一人です。しかし、単行本や雑誌系を買っていないわけでもありません。電子版なら空いた時間に気軽にさらった読めて、保存に対し場所をとらないのがメリットですよね。

けど、未だにコミック本を買っているのは、アニメ好きとしてのコレクター衝動や本を捲る際の紙の感覚が好きともいえます。電子版であればデーターとしての保存ですっきりですが、「そこにあるようでない」なんて感覚にもなります。気軽に読めることは大変重宝しますが、大好きな作品だけは本としての価値が「目で見て実際に触れることの嬉しさ」がそこにはある気がします。

それに単行本や雑誌系なんかでは、特典があったりしますので完全に電子化に移行することはないでしょう。失礼な言い方ですが、電子コミックは暇つぶしで、本は溺愛している趣味でしょうか。電子コミックでは、1話無料とか少しコミックの覗き見ができますが、単行本では見ることができません。(サンプルはたまにありますが)そこで、電子コミックを利用しつつ、新しい作品を探すのには最適です。どこにいても自分の時間が許す限り漫画と触れ合えることは素晴らしいことだと思います。

特にエッチ系のコミックは家に置いておくのは気が引けるのですが、自分のスマホでロックを掛けておけばパスワードを解除されない限りは保管しておけるというのが安心かつ安全かと思います。

今だけ巨乳

私の巨乳は今だけの期間限定。

何を隠そう私は生後半年になる赤ん坊のお母さんです。出産前は大きくも小さくもなく、特に自慢にもならないthe標準(以下?)の胸の持ち主でしたが、出産してからというもの、みかんがりんごに…りんごがオレンジに…オレンジが…という具合いに日に日に大きくなり、いつの間にかメロンが2つ!

産後すぐはあまり出ない母乳が、赤ちゃんに吸われることで徐々につくられる量が増え、母乳タンクであるおっぱいは膨れ上がっていったのでした。

はじめての出産・はじめての育児でわからないことだらけ、迷うこと・心配なことだらけ…を覚悟していましたが、まさかまさか自分のおっぱいの変化に戸惑うなんて思ってもみませんでした!笑
産後3ヶ月で増えていた体重も無事戻り、ジーパンも入るようになりましたが、巨乳になってしまい下着が服が入らない!ボディーラインがまるで変わってしまい、胸が強調されてしまう服は気恥ずかしくて選べなくなりました。ボーダーやぴったりのブラウスは一度着て着替え直しました。シマシマが歪んだり、ボタンがパツパツになったり、この私が!と驚きました。

しかし、ある時気付いたのです。母乳タンクとして大きくなっているわけだから、いつかは元に戻るのかな?この巨乳はいつまで続くのだろう?インターネットで調べてみると、母乳がでなくなったら縮む、以前より小さくなる人もいる、と書いているではありませんか。やっぱりそうなのー!?

この日を境に私は考えを改めました。巨乳の私を満喫する!どうせ今だけなのだから、かわいいTシャツを着て、ショルダーバッグをかけて、子育てママに奮闘しながらも、オシャレに見た目に気を遣っていきたいと思います。

俺得修学旅行の思い出

今から13年前の中学生の頃の俺得修学旅行での思い出です。
私達のクラスは中々グループわけが進まず、女友達とは同じグループになれたものの男女ペアになる時にハズレくじを引き冴えない男子と一緒のグループになってしまいました。それもまた印象に残っている思い出です。
修学旅行は楽しみでカメラを持って行きたくさん写真を撮りました。場所は京都と奈良で無難でしたがプライベートでは行ったことのないスポットに初めて見るお寺や大仏も見ることができました。
お寺を見て回っている時に違うグループと先生が走り出口の方に向かったので、バスの集合時間に間に合わないのかなっと思い私たちのグループも走って向かうと、なんと皇后陛下の乗った車が目の前を通り手を振ってくださいました。
初めて見たのが都内ではなく京都だったので驚きもありつつ感動しました。
俺得修学旅行といえば夜に怖い話をしたり恋話をしたり先生が巡回してくるドキドキとリンクしながら夜更かしをするのが楽しかったです。
また、部屋を抜け出て男子の部屋に行きゲームをして盛り上がりました。でも、先生に見つかりみんなで廊下で正座をさせられたの鮮明に覚えています。まさにあれは学生ならではの恒例行事の一つと言えますね(笑)
帰りのバスの中ではカラオケ大会があり、その当時流行っていた曲をみんなでノリノリで歌いました。数名バス酔いをしている子がいましたが、御構い無しで盛り上がりました。むしろ車酔いする人達は何か他の事に夢中になれる事があれば全く酔わないという技があります。
新幹線で東京に帰ってくるまで終始どんちゃん騒ぎで疲れを知らない中学時代の修学旅行の思い出です。
次の日は代休だったので死んだように夕方まで眠っていたのを覚えてます。

サークル仲間とのその後の繋がりについて

学生時代には、様々な立場で学生同士でつながっていく機会があります。

クラスや学科での同級生、あるいは研究室などで共に学びあう学生仲間。さらにはクラブやサークルに所属する人であれば、そこでの仲間も作られていくことでしょう。

しかしその中でも、サークルでの仲間が、もっとも将来にわたって互いの連係が続いていくものではないでしょうか?

私も文科系のサークルに所属しておりましたが、卒業して20年以上たった今でも年末になると気のあう仲間で集まったり、何かあると連絡をとりあったりするのは、不思議とサークルの仲間たちです。

同じ学科や研究室の人達とは、数年の間は同窓会などで集まったりしていましたが、10年ほど過ぎると再会する機会もめっきり減ってしまい、今では年賀状のやりとりをする程度になってしまいました。

サークルの場合、大学に入学してきた本来の目的とはまた違って、その人が元々もっている興味や趣向のあった人達が集まってくる場であるために、自然と気の合う仲間たちの集いとなってくるものなのでしょう。

社会にでると様々な立場、対面、体裁、世間体などに気を使っていく場面が増えてきますが、サークルとはありのままの自分の姿で、人と接することのできる場であり、そんな仲間と繋がっていくことで元来の自分自身を取り戻すことができるのではないでしょうか。

たぶん自分も含め高齢者としても付き合いは変わらずに過ごしていくのだと確信しています。そしてそれぞれ天へのお迎えを迎えるようになっていって再会と別れを繰り返していくのだと思っています。

生きる事は素晴らしい分、悲しい事もやはり存在する。
だからこそ楽しいんだとある人はいっていたのを今でも覚えています。

小学生のころの夏休みの思い出

歴史あるマンガの中から今回は新作の作品を紹介したいと思います。
HANDYコミックにあるしょうたとお姉ちゃんの夏休みという作品です。
小学生のころ、よく田舎の祖父母の家へ彩夏お姉ちゃんと手を繋いで遊びに行ったのがとてもよい思い出です。
車や新幹線を使って、移動にとても長い時間がかかるので大変でしたが、山と海に囲まれた田舎は、都会の喧騒とは裏腹に、自然に触れられる環境にあったので、そこで過ごした思い出は今思い出してみても、濃い充実した時間であったと思います。
昼間はセミがミンミンとあちこちで鳴く中、田んぼではカエルやオタマジャクシを捕まえ、川ではカニやメダカなどを見て驚き、海では熱い砂浜を駆け抜けたり、波打ち際で遊んだりしました。
田舎では祖父母もそうですが方言を話していたので、そのイントネーションの違いが、のどかで和やかな雰囲気がして、とても好きで、よく真似をしたりしました。
彩夏お姉ちゃんとは血は繋がっていなく、ただのお隣さんというだけなのですが本当のお姉ちゃんのように優しくて大好きでした。しかし、その好きという想いは次第に恋愛から性対象へと向けられるようになったのです。
田舎の郷土料理も、祖母が腕をふるってつくってくれたので、それを食べることもその地を訪れる楽しみでした。
夏休みの宿題は、いつも持参していたので、それをこなすのに苦労したのもよい思い出です。
課題の調べものをする時は、図書館の資料室へ行き、分厚い大きな図鑑のような本を広げ、必要な部分を書き写し、それをさらに巨大な用紙にマジックなどで書きながらまとめていくという、パソコンが普及している今では考えられないような話ですが、とても時間をかけて作成する必要がありました。
子供のころに、このように田舎で過ごす体験ができた事は、今振り返ってみても大変貴重な体験だったと思います。